2009/4/12 Sunday

STeLA Leadership Forum 2009 参加者募集+説明会開催のお知らせ

Filed under: 日々徒然 — ono @ 13:26:00

3年前にボストンの仲間たちとゼロから立ち上げたSTeLA (Science and Technology Leadership Association)も、遂に3度目のフォーラムを催すに至りました。その参加者募集の告知です!

STeLA Leadership Forumとは、毎夏に熱意に溢れた大学生が世界のあちらこちらから集まって一週間の合宿をし、世界を取り巻く忌々しき問題について真剣に議論し合うという企画です。今年のテーマは「科学技術の軍事利用と平和利用」。北朝鮮が打ち上げたのがミサイルなのか人工衛星なのか、などと騒がれている昨今、非常にタイムリーなトピックなのではないでしょうか。

今年は日米中に加えて、フランスからも学生が参加する予定。順調に一年に一国ずつ参加国が増えています。このままいけば200年後には地球全てがSTeLAに呑み込まれるはず!でも願わくば、その頃には「国」なんて概念は、無くなっていて欲しいな。

過去のフォーラムの様子 − 2007 ・ 2008

以下、告知文のコピペ。

★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆
☆★☆★☆
★☆★☆   次世代の国際科学技術リーダーシップ育成フォーラム
☆★☆ STeLA Leadership Forum 2009 参加者募集&説明会開催のお知らせ
★☆
☆  日時:2009年8月23日(日)〜8月31日(月)
★  開催地:国立オリンピック記念青少年総合センター
☆  主催:STeLA ( http://web.mit.edu/stela-mit/jp/ )
★  共催:MIT-Japan Program( http://mit.edu/mit-japan/ )

STeLAとは

STeLA ( Science and Technology Leadership Association )は、

  • 米国・ボストン近郊の大学(MIT, Harvard…) : STeLA-USA
  • 中国・北京近郊の大学(北京大, 清華大…) : STeLA-China
  • 東京近郊の大学(東大, 東工大, 慶應大, 早稲田大….) : STeLA-Japan
  • フランスのグランゼコール(Ecole Polytechnique, Ecole Des Mines….):STeLA-France

らの学生によって運営されている、科学技術分野における国際的なリーダーシップの育成を目標とした学生団体です。
※STeLA-Japanは東京大学・東京工業大学・慶應義塾大学・早稲田大学の理工系大学院生を中心とした組織です。スタッフの約1/3が海外からの留学生です。

STeLA Leadership Forum 2009

「次世代の国際科学技術リーダーシップ育成」をテーマにしたフォーラムです。
会期:2009年8月23日(日)〜8月31日(月)
応募資格:日本・米国・中国・フランスで学ぶ大学生・大学院生
応募締切日:2008年5月1日(金)
その他、詳細につきましてはSTeLAのウェブサイトをご覧下さい。
また、本フォーラムでは、

  • MIT Leadership Center(http://sloanleadership.mit.edu/)の協力による参加者自身のリーダーシップ育成の為の講義・ロールプレイ・議論
  • MIT Media Lab Sensible Organizations Project(http://web.media.mit.edu/~sandy/)との協同として、小型センサーを用いた参加者のグループダイナミクスの取得及び、その視覚化によるリーダーシップ育成への活用
  • 科学技術が関わる国際的な問題として「科学技術の軍事利用と平和利用」をテーマとした講演・見学・議論・共同プロジェクトを通じた参加者自身のリーダーシップ育成・発揮

などを予定しています。

フォーラム応募説明会

今回のフォーラム開催に先立ちまして、4月に応募説明会を関東主要大学を中心に行います。説明会ではフォーラムの概要、応募時の注意事項等に関して説明致します。(説明会への出席の有無が選考に影響する事はありません。)
開催スケジュールなど、詳細に関してはSTeLAのウェブサイトをご覧下さい。
(http://web.mit.edu/stela-mit/jp/infosession09.html)
皆様の御応募を心よりお待ちしております!!

2009/4/4 Saturday

なぜ旅をするのか

Filed under: — ono @ 14:32:07

金曜の夜の飲み会を「忙しいから」と先に抜けてきたのだが、寝る前に書き留めたいことがあるので、書いておこうと思う。

なぜ、僕は旅をするのか。漠然と好きだからだ。でも、なぜ好きなのか、いまいち明快に言葉に出来ずにいた。言葉に出来ずにじれったさを感じたことも度々だった。それが今日、飲み会中の何気ない友達との会話の中で、僕が旅を好きな理由の(全てではないけれども)一つが、ふと言葉になって現れた。それを書き留めたい。

少し話を巻き戻す。今日のようなランダムな飲み会では、初対面の人が必ずいる。お互いに名乗ったあと、次に必ず僕が相手に聞く質問、そして相手が僕に聞く質問は、「何のお仕事をされているのですか」「どんな研究をされているのですか」。自分でそんな会話をしつつ、僕はこれがあまり好きではない、と思う。もちろん、仕事、研究は、自分の人生の中でとても大きなウエイトを占める大事なものだけれども、自己定義の手段の筆頭に仕事や研究が来ることに、寂しさを覚える。自分が矮小化されてしまったように感じる。自分は絶対にそれ以上のものだと思う。大阪生まれの東京育ち、阪神ファンでミュージカルが好きで、趣味は旅行で、性格は適当で、こんな家族がいて、友達がいて、昔、とても可愛いを飼っていて・・・。

そんな風な思いを近くに座っていた旅好きの友人に素直に話すと、「でもさ、旅行の間とかだと、そうはならないよね」と彼は返した。そうか、と思った。そうだ、確かにそうだ。旅路の途中の安宿で、バスの中で、見知らぬバックパッカーと出会い、名乗り、次に聞く質問は、”Where are you from?”だ。そしてその次に聞くのが、昨日はどこに行ったか、そして明日はどこへ行くのか。あそこの街の何が面白かった、あそこに行くとぼったくられるから止めたほうがいい。お互いの深くまで入り込むような質問は決してしないけれども、旅人である今の自分を、そのままの旅人として定義してくれる。肩書きによって自己定義をする必要のない、その気軽さ、心地良さ。それがきっと、僕が旅を愛する理由の一つなのだ。

そうして自己紹介した翌日、各々が前日に告げた通りの行き先に向かって旅立って行く。もう彼らと会うことはない。メールアドレスを交換したりもするけれども、連絡が続くことは稀だ。一期一会。でも、それでいいのだ。それがいいのだ。

前の旅行から、早、三ヶ月。そろそろ次の行き先を考え出すかな。

そして、ボストンで本当に素晴らしい友人たちに恵まれたことを、つくづく感謝。

2009/4/1 Wednesday

【April fool】アメリカで寿司が半額!

Filed under: 日々徒然 — ono @ 23:59:10

4月1日に以下の記事をポストしましたが、エイプリル・フールの大法螺です:)
騙された人、ごめんなさい!

オバマ大統領のStimulus Plan(景気刺激策)の一環として、健康に良い食品23種に対し、本日4月1日より一週間の間、50%の補助金が連邦政府より支給されるそうです。景気刺激と共に、国民の健康を促進し、政府の医療関連支出を抑制するのが狙いだそうです。

そしてなんと、23種のリストの中には、寿司が含まれているとのことです!

これに伴い、僕が住むボストン界隈の和食レストランも、今晩より一斉に寿司全品を半額にするそうなのです!

和食からは、コンニャクも23種のリストに選ばれたそうです。他にも、ゴイ・クン、トッポギ、パッタイなど、23種リストの約半数をアジア料理が占めています。野球だけではなく、食においても、これからはアジアの時代ですね!

あまり関係ないかもしれませんが、Youtubeもびっくりして逆さまになってしまったようです。
http://www.youtube.com/watch?v=AjiGMLkoOHg&flip=1

[追記] どうもエイプリルフールとは、うっかり忘れてしまう行事だ。だからこそ人は騙される。騙されて初めて、今日がエイプリル・フールだったと気付く。

とりわけ日本では、4月1日は年度初めの大事な日。重要な行事があれやこれや目白押しで、すっかりエイプリルフールだなんて忘れてしまっていた人も、多かったのではなかろうか。

2009/3/29 Sunday

春/Keep In Touch Project

Filed under: 日々徒然 — ono @ 7:36:27

東京では桜がもうすぐ満開だそうだ。年度の変わり目は、卒業、進級、入学、入社、別れに出会い。寂しさとワクワク感との境目が、暖かい日に照らされてぼやけ、滲み、混ざり合い、この時期独特の甘い感情を生む。時間の経過を否応なく思い知らされるこの季節に、人々は桜並木の下に集まって、酒を飲み、話し、歌いながら刹那を楽しむ。これは日本人が持つ不思議なバランス感覚かもしれない。

一方で、ボストンの三月終わり、四月頭は、まだ何の色も香りもない。川の氷が融け、サマータイムも始まって夜が長くなったが、まだ木は丸裸で、真冬に戻ったように冷え込む夜もしばしばある。まだまだ年度のど真ん中だから、会社も学校も平常運転で、目の前の仕事、目の前の勉強に追われ、人々はせかせかと廊下を歩いている。

だからこの季節ばかりは、日本への郷愁に強く駆られる。自分の空想の中に桜を咲かせ、様々の思い出に耽る。

ふと思い立って、昔お世話になった友達や先輩、先生、知り合い、親戚などに、メールを出してみることにした。名づけて”keep in touch project”。 Keep in touchとは、別れの際に、「これからも連絡を取り続けようね」という意味で使う表現だ。日本語にしかない便利な表現もたくさんあるが、英語にしかない便利な表現もたくさんある。

僕はkeep in touchが苦手な人間かもしれない。昔、毎日のようにつるんで、旅行も一緒に行った友達とすら、気付けば何年も音信不通だったりする。筆不精にかまけて、自分の根っこが日本からどんどん消えてしまっているのかもしれない。仲良くなったのも、お世話になったのも、きっと何かの縁。人の縁は大事にしなくては。

手始めに、今週末は東大航空宇宙工学科の友達に連絡することにした。しかし、いざメールを出そうとしたら、メールアドレスを失くしてしまった友達や知り合いが多くいることに気付いた。アドレスが変わって、メールが届かなかった人もたくさんいた。長い間の無沙汰を反省するばかりである。

そんなわけで、僕が過去にお世話になったにも関わらず、この数週間内に僕からご挨拶のメールが届かなかった方、本当に申し訳ないのですが、ご連絡を頂けますでしょうか。これからはもう少しマメに、近況報告をしたいと思います。

今までお世話になった皆様、これからも是非是非、keep in touchで、お願いします。

2009/2/9 Monday

親からのメール

Filed under: 日々徒然 — ono @ 12:26:45

アメリカで一人暮らしをするようになって以来、親との連絡手段は専らEメールになった。手軽でお金もかからないし、時差を気にする必要もない。便利な時代だ。

父親はパソコンからメールを送ってくる。普段は僕を呼び捨てにしているのに、メールだとなぜか「雅裕君」と呼ぶのが若干気味悪い。文体も「です・ます調」だ。昭和人間にとっては、メールを書く時も手紙をしたためる気分なのだろう。父が正座してパソコンに向かっているような気がして、笑ってしまう。

一方、「パソコン」と聞くだけで眩暈がする機械音痴の母親は、携帯電話からメールを寄こしてくる。それでも、母が携帯電話で漢字を打てるというだけで、僕にとってはこの上ない驚きだった。母は父のように堅苦しい文体は使わないが、聞くところによると、一通のメールを一時間もかけて打つそうだ。母が正座して携帯電話と格闘しているような気がして、可笑しい。

頻度はおおよそ週に一度。内容は様々だが、要約すれば、親が「元気か」と聞き、僕が「元気だよ」と答えるのがパターン。非常に健全な親子会話である。

先週、珍しく父親が電話を寄こしてきた。彼は出張でフロリダに来ていたのだが、同じ国といえどもボストンとフロリダでは気軽に会いに行く距離ではない。それでも声くらいは聞いておこうと思って、電話をしたようだ。

しかし。電話をくれたこと自体は嬉しいのだが、御年六十一の早起きおじさんは、朝っぱらの八時半に電話を鳴らしてくるのである。遅寝遅起きが文化のMITでは、八時半は日の出前に等しい。当然、僕は寝ていた。目覚ましを止める感覚でふらふらと電話を取ると、久々に息子の声が聞けて嬉しい父親が、受話器の向こうからハイテンションで喋りまくってくる。悪いけど僕にはそれに付き合う元気はない。脳は完全に寝ていたから、脊髄反射で適当に受け流し、電話が切れたら即ベッドに戻って二度寝した。

しかるに。僕の寝ぼけた声を、早起きおじさんは「元気がない」と勘違いしたらしい。彼は母親に「雅裕の声が元気なかった」と報告した。それを聞いた心配性の母親が、早速メールを寄こしてきた。

ボストンは寒波でとても寒いんだって?お父さんがアメリカで雅裕と電話したとき 雅裕の声が元気なかったって言ってるので 気になってます。ちゃんと食事して 具合いが悪ければ お医者さんに 行ってください。(中略)どうあれ 健康でいることです。では

僕の返信

違うよ…。あの早起きおじさん、朝一番に電話してくるんだもん…。寝ているところを電話で叩き起こされた訳です。眠たくてたまらなかった。元気な筈がない。電話が終わった後は即ベッドに戻って二度寝したよ。早起きおじさんに、電話する時間を考えろと叱っておいて(笑)

早とちりの父親心配性の母親。困ったカップルである。そんな二人の歳を足せば間もなく百二十。息子の心配ばかりしていないで、自分の身体に気を遣い、ボケずに長生きして欲しいものだ。

[追記] このブログを読んだ父親からメールが来た。

ひとつ言い訳すると、9時に教授と約束していたので、8時半はぎりぎりだったのですよ。ちなみに5時から起きていました。

約束の後に電話しろって。。。そして相変わらずのスーパー早起き(笑)

2009/2/1 Sunday

キューバ人の横顔/テレビが作り上げるイメージ

Filed under: — ono @ 2:45:46

ハバナの海岸にて

「怖い国」「ヤバい国」「抑圧国家」。アメリカ人がキューバに対して持つイメージは、ちょうど日本人が北朝鮮に対して持つイメージのようだと言ってよいでしょう。海を隔てた目と鼻の先にある、反米、独裁、社会主義国家。核兵器のごたごたを起こしたのも同じです。

しかし、キューバを自分の足で歩き、自分の目で見て、そんなイメージは真実のほんの一部分しか捉えていなかったことを知りました。

キューバ人は、他のラテンアメリカの国の人たちと同じく、とても陽気で、フレンドリーで、適当、悠長、かつエロエロです。国民は概して政治に関心が薄く、興味の中心は野球、レゲエ、サルサ、そしてお尻の大きいお姉ちゃん。思想を規制し行動を監視するような風潮もなく、祭りではロックバンドがアメリカの音楽を演奏していたし、泊めてもらった家ではアメリカの映画を家族で観ていました。治安も非常に良く、夜中に街を一人歩きしても何の問題もありません。

社会主義国家にありがちな指導者への個人崇拝も行われておらず、カストロの銅像なんてどこにもないし、お札の肖像画にもなっていない。新聞やテレビが政府を批判することは禁止されているけれども、車や家の中ではみんな口々にカストロの悪口を言い合っていました。

「怖い国」「ヤバい国」「抑圧国家」。そんな風にアメリカ人に思われているキューバで、人々はどんな暮らしをしているのか。彼等の横顔を、撮り溜めた写真で紹介したいと思います。

ハバナの海岸にて
ハバナの海岸にたむろうオジサンたち


“NO TOCAR LOS PERROS” = 「犬に触るな」


道端で英語を勉強していたおじさん。練習相手になってくれ、と呼び止められた。過去にアメリカに亡命しようとして失敗したことがあるらしい。


日曜の午後、ハバナ旧市街の広場、子供達がかわいらしい劇を披露していた。


学校の校庭を覗くと、生徒達が放課後にダンスの練習をしていた。


ハバナ旧市街にて


ヘミングウェーの旧家の前で、野球をしていた子供達。


僕のガイドブックに興味津々。


サンタ・クララの広場。


レメディオス、簡素な移動遊園地。


キューバではドミノが非常に人気のあるゲームだ。


レメディオスの祭りの風景。


コックをしているライネル君は、非常に流暢な日本語を喋る。彼が日本語の勉強を始めた理由は、漫画が好きだから。将来は日本語を生かせる仕事に就きたいと言っていた。


「アチョーッ!!」 道端で絵を描いていたオッサン。カメラを向けると、とっさに謎なポーズをした。

僕がキューバで出会った人たちの屈託のない笑顔は、「怖い国」「ヤバい国」「抑圧国家」、そんな、アメリカ人がキューバに対して一方的に抱く灰色のイメージとは、かけ離れたものでした。アメリカの政府やマスコミは、「反米国家・キューバ」の危険を宣伝するために、大勢の人が写っている写真の中から怖い顔、怒った顔のみを切り抜いて、大きな絵の中から灰色の部分だけを切り抜いて、それを継ぎはぎして作ったコラージュを、テレビの電波で流します。そうやって、キューバのネガティブな面ばかりが強調された、偏ったイメージが作り上げられるのです。

では、日本人が抱く北朝鮮のイメージは、どうでしょうか。「カメラが捉えた北朝鮮の真実」などという安っぽいタイトルで、お昼のワイドショーがしきりに北朝鮮の貧困や抑圧、将軍様への個人崇拝、そんな映像を放送しています。さらに、低い声の女性の、おどろおどろしいナレーションが付け加えられ、怖ろしいイメージを増長させます。

もちろん、それらは決して嘘ではないでしょう。監視と抑圧の下で苦しみ痛めつけられている人々が大勢いることは事実でしょう。しかし、テレビが伝える映像だけが、本当に北朝鮮の全てでしょうか。もしかしたら、僕らが無批判に受け入れている映像は、実は視聴率を稼ぐために、大きな絵の中からセンセーショナルな部分だけを切り抜いて、つぎはぎして作ったコラージュであったりは、しないでしょうか。

僕は北朝鮮の肩を持つわけでは決してありません。しかし、テレビが植えつける偏った先入観に支配された結果、本当ならば分かり合える筈の人たちを、不必要に遠ざけるような愚も、犯したくはありません。

テレビの映像を無批判に受け入れることの危険性。自分の足で歩き、自分の目で物事を見ることの重要性。この二つを、キューバの例を以って、訴えたいと思います。

2009/1/25 Sunday

オバマ就任/アメリカが抱く価値

Filed under: アメリカ、アメリカ — ono @ 3:50:37

T字路のオヤジ

半年ほど前だったか、ボストン中心部の目抜き通りを歩いていると、突然けたたましいクラクションが鳴り響いた。何かと思って見てみれば、野球帽を被った中年オヤジがT字路の交差点の真ん中に仁王立ちして、「T」の縦棒の道から来る車を通せんぼしていた。彼の前にできた車の列は、五台、十台と、みるみる長くなってゆく。訳も分からず道を塞がれ苛立った運転手たちは、バーバーとクラクションを鳴らしながら、窓から身を乗り出し、「どきやがれクソ野郎!」などと大声で怒鳴る。それでもオヤジは平然と通せんぼを続けていた。

このオヤジは何をしているんだ。疑問に思いながら、彼が大声で喚いて指さす方向を見て、僕は彼の目的を理解した。「T」の横棒の道の向こうから消防車がやって来るのだ。消防車に道を空けるために、彼は車を通せんぼしていたらしい。

とはいえ、消防車は未だサイレンの音も聞こえづらいほどの遠くにいる。こんな早くから道を空ける必要はあるのだろうか。それに、消防車が見えていない車の運転手たちには、このオヤジの良心も意図も分かる筈がない。彼らにしてみれば、このオヤジは単なる迷惑以外の何物でもないのだ。

暫くして消防車はT字路を通過し、それに向かってオヤジは嬉しそうに”Go! Go!”と叫んで手を振った。程なくして彼は封鎖を解いた。なおも運転手たちから罵声を浴びせられ続けながらも、オヤジは「いいことをしたぜ」と言わんばかりの満足そうな顔をして、T字路から歩み去っていった。

そのオヤジをみて、いかにもアメリカ人らしいな、と僕は思った。

アメリカが抱く価値

自由、平等、民主主義、そして、正義。そんな、抽象的で漠然とした、ワンフレーズで表される価値を、アメリカは愚直なまでに固く信じている。正しいと信じる価値の実現のために、真っ直ぐに、時には盲目的に行動し、結果、T字路のオヤジのように、周囲に多大な迷惑をかけることも度々である。だからアメリカは嫌われる。そして僕もアメリカに住むまでは、この国のそんな独りよがりな面が大嫌いだった。

しかし、この国に住んで、実直なアメリカ人たちと直に接し、加えて巨視的視点も持つようになって、アメリカのそんな面も、だんだんと好意的に受け止められるようになってきた。

アメリカ人が盲目的に連呼する「自由」や「正義」の定義は漠としていて、個人によっても、民族によっても意味付けは異なる。自分が定義した「自由」や「正義」を他人にまで押し売りすることが、アメリカの間違いと言えよう。とはいえ、この世の誰が不自由を望もうか。誰が悪を望もうか。誰が被抑圧を望み、誰が被差別を望もうか。確かにアメリカは視野が狭くオツムが弱いかもしれないけれども、彼らが求める価値は、抽象的なレベルにおいては、人類に普遍的なものではなかろうか。

そして最も大事なのは、アメリカという社会は自浄作用を持っている、ということだ。日本が戦争に負けて初めて自らの間違いに気付いたのと比較して欲しい。アメリカは、とても長い時間がかかるけれども、多様な社会の中での葛藤を通して、自らの間違いや矛盾に気付き、自らを正し、そしてより普遍的な「自由」や「正義」に近づいてゆく力を持っている。

アメリカ社会の自浄作用

人種差別がその好例である。1796年のアメリカ独立宣言は、”all Men are created equal” (全ての人間は生まれながらにして平等である)と「平等」の理念を高々と謳い上げたが、一方で奴隷制度は疑いなく続けられていた。白人本位の、矛盾を孕んだ「平等」だった。

奴隷制度自体は1862年に廃止されたが、人種差別は、人類が宇宙に飛び出した1960年代になっても続いていた。南部の多くの州では、レストランやバスに白人用座席と黒人用座席があり、黒人の選挙権は間接的に制限され、人種間の結婚やセックスは法律によって禁止されていた。

この状況を劇的に改善させたのが、キング牧師の非暴力抵抗運動に代表される公民権運動である。運動には黒人だけではなく、多くのリベラルな白人も加わった。キング牧師は言った。

“Now is the time to make real the promises of democracy. Now is the time to rise from the dark and desolate valley of segregation to the sunlit path of racial justice. Now is the time to lift our nation from the quicksands of racial injustice to the solid rock of brotherhood. Now is the time to make justice a reality for all of God’s children.”

今こそ民主主義の約束を果たすべき時だ。今こそ暗く荒涼とした人種隔離の谷から立ち上がり、人種平等の正義へと続く太陽に照らされた道を往く時だ。今こそ我々の国を人種差別に汚された不正義の流砂の中から救い出し、友愛という堅固な礎石の上に据える時だ。今こそ全ての神の子たちのために、正義を実現する時なのだ。

そして1964年、公民権法が制定され、黒人たちは法律の上での自由、平等を勝ち取った。それまでには、独立宣言から実に170年の時を要した。しかし、アメリカは外国からの圧力によってではなく、自己の葛藤を通してこれを実現したことに価値がある。アメリカは白人本位で定義された「自由」「平等」の矛盾に自ら気付き、より普遍的な「自由」「平等」の達成に向けて、真っ直ぐに行動したのだった。

抽象的だけれども建国以来一貫して信じる価値、その価値の実現のために真っ直ぐに行動する気概、そして自らの誤りを正す自浄作用。この三つが、アメリカの強さの源ではなかろうか。

そして、オバマ就任

そして先週、黒人の父と白人の母を持つバラック・オバマが、たった四十年前までは公然と人種差別をしていたこの国の大統領に就任した。これを歴史的事件と呼ばずに何と呼ぼう。

しかし、オバマが大統領になった価値は、彼が黒人(と自らをidentifyしている)ということだけではない。

オバマは就任早々、グアンタナモ強制収容所の閉鎖を指示した。グアンタナモでは、「テロ容疑者」と一方的に決め付けられた人たちが、裁判を受けることも出来ずに長期間抑留され、公然と拷問が行われていた。「自由」「平等」を掲げるアメリカが抱えた、大きな矛盾だった。

彼はまた、イラクからの「責任ある方法」での撤退計画の策定を指示した。泥沼化したイラク戦争のそもそもの目的は、フセイン政権が持つとされた「大量破壊兵器」の脅威から世界を守ることだった。しかし結局、そんな兵器はひとかけらも見つからなかった。アメリカの「正義」に大きな疑問符が付いた。

オバマの大統領当選を後押ししたのは、そんな自らの間違いや矛盾を認め、それを正そうとするアメリカ社会の自浄作用だった。アメリカ社会は、より普遍的な「自由」「平等」「民主主義」「正義」を達成するために必要な「チェンジ」を、オバマに託したのだった。

人種差別はまだアメリカから消えたわけでは決してない。外交政策は未だ矛盾に満ちている。しかし、アメリカは少しずつ自らの間違い正し、矛盾を解消しながら、普遍的な「自由」「平等」「民主主義」「正義」という目的地に向けて、着実に前へ歩を進めているのだ。

日本が抱く価値とは?

さて、目を転じて、我が日本を見れば、どうか。

一刻の猶予もないはずの深刻な経済危機の真っ只中にあって、与党は人気取りのための短絡的なバラマキ政策を悠長に推し進め、野党は無意味な審議拒否を繰り返して時間稼ぎに心血を注ぐ。マスコミは首相の漢字の読み間違いの粗探しに精を出し、世論は首相自信が給付金を受け取るべきかとうかという、誰の為にもならない議論に時間を空費する。

政治の目的は票稼ぎ。マスコミの目的は視聴率稼ぎ。では国のビジョンは何か。我々はどこへ向かって歩を進めているのか。目隠しをされた人間が、音が鳴る方へ、香りのする方へ、行き当たりばったりに右往左往しているようにしか思えない。

アメリカが「自由」「平等」「民主主義」「正義」という分かりやすい価値を信じ、それに向かって前へ進むように、日本も何か目標とする価値を持てないか。「繁栄」「平和」「幸福」そんな七夕の短冊に書くようなありきたりな言葉でいい。重要なのは、目的地をしっかりと見据えて、前へ歩を進めることなのだ。

そしてその上で必要になるものが、消防車を通すために車を止めたオヤジのように、自分の信じる価値を実現するために非難を怖れずに実直に行動する気概と、過去の反省に学び、自らの間違いを正し、より普遍的な価値の実現へと向かう社会の自浄作用である。

2009/1/13 Tuesday

ちびっ子の駆け落ち

Filed under: 日々徒然 — ono @ 14:45:15

ドイツで起きた、何とも微笑ましい「事件」を紹介します。先輩のブログから転載させてもらいました。

BBC NEWS: Child elopers’ Africa plan foiled (ちびっ子駆け落ち、アフリカを目指すも失敗)

以下にこの記事を勝手に翻訳します。

太陽の眩しいアフリカへ駆け落ち婚をしようとしたドイツの5歳と6歳のカップルが、警察によって保護された。

このかわいらしいカップルはミカ君とアナ・レナちゃん。二人は水着とサングラスとエアマットをバッグに詰め込んで、空港へ向かう途中だった。

二人は結婚式の立会人として、アナ・レナちゃんの7歳の姉も一緒に連れて行くことを忘れなかった。

三人はハノーバー駅に着いたところを、警察に保護された。

警察のスポークスマンであるHolger Jureczko氏がAFP通信の記者に語ったところによると、カップルの二人は「とても深く愛し合っている」と語ったそうで、アフリカで結婚しようとした理由は、「暖かそうだから」とのこと。

二人が駆け落ち婚を思いついたのは、彼らの家族が揃って大晦日の晩にパーティーをしていた時に、ミカ君がアナ・レナちゃん姉妹に、最近行ったイタリア旅行の話をしたのがきっかけだった。

翌朝、大人たちが寝ている間に、勇敢な三人は1kmの距離を歩いてランゲンハーゲン駅へ行き、そこから路面電車に乗ってハノーバー駅へ向かった。

しかし、三人がハノーバー駅で空港行きの電車を待っていたところを警備員に怪しまれ、警察に通報された。

警察は、航空券やお金がなくてはアフリカに行けないことを彼らに言って聞かせ、落ち込んだ三人に警察署を案内してあげて慰めた。その後すぐに三人は警察署に駆けつけた親に引き取られた。

こうして彼らのアフリカへの駆け落ち婚の計画はご破算になってしまったが、警察は彼らの計画を真っ向から否定はしなかった。

警察のスポークスマンは、「将来、二人がこの計画を実行できる日が来るかもしれませんね」とAFP通信に語った。

小さい頃、世界はとても単純で、真っ直ぐで、だからこそ僕らは純粋でいられた。「とても深く愛し合っている、」理由はたったそれだけで十分だった。アフリカ、アジア、ヨーロッパ、夢は何にも縛られず、自由に世界中を駆け巡った。

今はどうだろう。お金、距離、予定、都合。立場、配慮、安全、安定。そんな角張った言葉たちが純粋さの中へ混じり込み、世界は迷路のように入り組んだ。真っ直ぐな気持ちは捻じ曲がり、虹色の夢は色褪せた。思い通りにいかなくて駄々をこねれば、「それが現実なんだよ」と教えられ、僕らは「これが大人になることなのか」と渋々に納得した。

人間は社会で暮らす生き物なのだから、どれもこれも仕方のないことなのかもしれない。それでもこんな話を聞くと、あの頃の純粋さへの憧憬を抑え切れない。例え泥にまみれた雪だるまになったとしても、その真ん中の部分くらいは真っ白なままでいたい。

2009/1/10 Saturday

Only light can…

Filed under: 憂い — ono @ 1:15:48

極東の平和な某国では、首相が給付金を受け取るか受け取らないかなどという至極どうでもいいことを一生懸命に議論しているそうだが、世界の関心事は、経済、そして、ガザの紛争だ。

イスラエルとパレスチナの終わりのない暴力の連鎖を見るにつけ、思い出さずにはいられない言葉がある。1960年代のアメリカで、非暴力を以って人種差別と戦った、キング牧師の言葉だ。

“Darkness cannot drive out darkness; only light can do that. Hate cannot drive out hate; only love can do that.” Martin Luther King, Jr.

「闇が闇を消し去ることはできない。それができるのは光だけだ。憎しみが憎しみを消し去ることはできない。それができるのは愛だけだ。」 マーティン・ルーサー・キング・ジュニア

僕がこの言葉を知ったのは、ニューオリンズを旅行したときのことだ。墓地の壁にあった殴り書きがふと目に留まり、レシートの裏に書き留めた。旅行から帰ったあと、インターネットで調べて、これがキング牧師の言葉である事を知った。

親や子供を殺され、憎悪の塊になった人たちに、「愛で憎しみを克服しなさい」などと説教しても、ただ虚ろに聞こえるだけなのかもしれない。しかしキングは、政府の妨害を受け、自身が投獄されながらも、”I have a dream”と説いて非暴力抵抗運動を続け、遂には黒人の人権を勝ち取ったのだ。理想は理想でしかないのだけれども、きっと辛抱強く理想を持ち続けることが、理想を実現するための唯一の方法なのだと思う。

“You may say I’m a dreamer, but I’m not the only one. I hope some day you’ll join us, and the world will live as one.” John Lennon

君は、僕がただ夢を見ているだけだと言うかもしれない
だけど夢を見ているのは僕ひとりじゃない。
いつか君も、同じ夢を見てくれたらいいな、
そしたら、世界はひとつになるんだ。
ジョン・レノン

2009/1/3 Saturday

迷いカモメと雪のボストン

Filed under: 日々徒然 — ono @ 22:04:52

きのう、今日と二日続けて、自室の窓からカモメが飛んでいるのを見ました。海から3kmの距離だから不思議ではないのだけれども、二日続けてというのは珍しい。もしかしたら迷い込んだのかな、あるいは冷たい海風から避難しているのだろうか。

ボストンは年が明けてから冷え込みが厳しく、大晦日に積もった雪は一向に溶ける気配がありません。年始で車の往来が少ないから、道端の雪も泥にまみれず、綺麗な白のままです。雪の街、霞んだブルーの冬空に、真っ白な翼を広げて羽ばたかずに滑空するカモメ。僕はあと何年、この街で過ごすのだろう。

Next Page »

Copyright (C) 2005 Masahiro Ono
HTML convert time: 0.349 sec. Powered by WordPress ME