宇宙開発におけるリーダーシップ ~H-IIBロケットの成功にあたって~
H-IIBロケット初号機の打ち上げは、100点満点の素晴らしい成功だった。ロケットの積み荷は、国際宇宙ステーションへの補給という重大な任務を背負った無人補給船、HTVだ。
新しいロケットの初号機は、テストのために何も載せずに打ち上げられるのが普通である。しかし今回のH-IIBロケットは、初号機だというのに、いきなりHTVという世界が注目する重要な積み荷を載せていた。若葉マークの車に総理大臣を乗せるようなものだ。まさにぶっつけ本番である。恐らくテスト機を打ち上げるお金も時間も足りなかったからだろう。それにも関わらず、一発で手堅い成功を収めた。日本の技術力の高さが証明されたと、胸を張って世界に主張できる成功である。
しかも、このロケットの開発費はたったの270億円だったそうだ。もちろん僕の財布の中身と比べれば大変な額なのだけれども、大型ロケットの新規開発には1兆円単位のお金が使われるのが常である。乗用車の開発費でさえ、一車種につき約1,000億円かかると言われている。モノの開発とは、それだけお金がかかるものなのだ。だから、たとえこのロケットは完全な新規開発ではないとはいえ、クルマを作るよりもずっと安い値段で日本最大のロケットを完成させてしまったことには、驚く他ない。きっとJAXAや三菱重工のエンジニアたちは、残業手当も貰わずに深夜まで必死に働いたのだろう。本当に頭が下がる。

オレンジ色の部分がH-IIBロケット。先っぽに付いている紫色のモノがHTV。(Image courtesy of JAXA)
ロケットに積まれていた無人補給船・HTVも今回が初飛行で、今後一週間に渡って宇宙を航行した後、国際宇宙ステーション(通称ISS)にドッキングする。その目的は、食料や水、実験器具などを補給することである。ISSに長期滞在している宇宙飛行士は、久々に新鮮なご飯にありつけるわけだ。
HTVの成功を、日本だけではなく、アメリカやヨーロッパも待ち望んでいるのは、単にそれが美味しい日本食を運んできてくれるからだけではない。ISSの今後を左右する重要な役割が、HTVに課せられているからなのだ。現在、ISSへの補給の中核を担っているのは、アメリカのスペースシャトルである。しかし、スペースシャトルは来年には引退してしまい、後継機のオリオンが初飛行をする予定の2015年までには5年の空白がある。その空白を埋めるのが、ロシアのプログレス、ヨーロッパのATV、そして日本のHTVという、各無人補給船なのである。
一方、アメリカにも無人補給船の計画があるのだが、開発から打ち上げまでの一切を、NASAは民間企業に委託している (Commercial Orbital Transportation Services program)。SpaceX社が開発しているDragon、そしてOrbital Sciences社が開発しているCygnusという宇宙船がそれだ。宇宙船の開発をベンチャーがやってしまうあたり、さすがアメリカなのだけれども、これらの無人補給船が2010年のシャトル退役に間に合うのかといえば、甚だ怪しい。両宇宙船は、それぞれの会社が自社開発するロケットで打ち上げられるのだが、SpaceX社が現時点で運用する唯一のロケットであるFalcon 1は、今までに5回打ち上げられ、3度失敗している。しかもDragon補給船を打ち上げるには、Falcon 1より10倍以上も大きなロケットを新規に開発しなければいけないのだ。道は険しい。一方のOrbital Sciences社は、ロケットの実績は十分なのだが、補給船の開発をスタートしたのが遅かったため、初飛行は早くても2011年になるという。
もしDragonやCygnusがシャトル退役に間に合わなかった場合、日本のHTVの重要性はますます高まる。ロシアのプログレスはもちろん、ヨーロッパのATVもロシア側のドッキング・ポートを用いるため、下の表が示すように、HTVでなくては運ぶことができない物があるからだ。
表:各国の無人補給船の比較
|
宇宙船 |
国 |
最大積載量 |
運ぶことが出来る積み荷 |
|||
|
水、食料 |
燃料 |
ISPR |
非与圧ペイロード |
|||
|
プログレス |
ロシア |
2.6t |
○ |
○ |
× |
× |
|
ATV |
ヨーロッパ |
7.7t |
○ |
○ |
× |
× |
|
HTV |
日本 |
6.0t |
○ |
× |
○ |
○ |
|
Dragon |
アメリカ(民間) |
2.5t? |
○ |
× |
○ |
× |
|
Cygnus |
アメリカ(民間) |
2t? |
○ |
× |
○ |
○ |
とりわけ、HTVが国際標準実験ラック (ISPR)を運ぶことができるのは重要である。国際標準実験ラックとは、様々な機器と、それを収納するラック(棚)がセットになったものだ。ISSの内装は、ロシアのモジュールを除き、全てがこのラックで規格化されている。平たく言えば、家具が全て同じ大きさ、同じ形をしている、ということだ。ISSの内部には、高さ2m、幅1mのラックが上下左右にひたすらびっしりと並んでいて、それらのラックの中に、各種の実験装置、生命維持装置、調理器具やトイレなど、生活と仕事に必要な全ての機器が取り付けられているのだ。ISS全体には全部で約90のラックを設置するスペースがあり、そのうち約半分が、実験ラックに充てられている。
このように機器をラック単位でモジュール化することで、模様替えが簡単になる。ラックごと取り替えるだけで済むからだ。例えば、冷蔵庫のラックを引っこ抜いて、そこへ実験道具が並んだラックをすっぽりはめ込めば、キッチンは実験室に早変わりする。新しい実験をしたいときは、古い実験ラックを棄て、代わりに新しい実験ラックをはめればよい。こうすることで、ISSは変化する要求に柔軟に対応できるのである。そして、2010年以降は、日本のHTVが、新しいラックを地球からISSへ運搬する唯一の手段となる可能性があるのだ。
そうなれば、アメリカが日本のHTVを購入する可能性も十分にあると僕は思う。宇宙開発において、今まで日本はアメリカにお世話になりっぱなしだったが、初めてアメリカが日本の技術に頼らざるを得ない状況が生まれ得るのである。
—
莫大なお金をISSに投資しつづける意義には相変わらず疑問符が付く。しかし、ISSを所与のものとしてしまえば、H-IIBとHTVは、久々に日本が宇宙において強い存在感を放つ、とても意義のあるプロジェクトである。今回のH-IIBロケットの成功に加えて、一週間後にHTVがISSへのドッキングに成功すれば、日本は宇宙開発において強力なツールを持つことになる。
さて、技術は優れているけれども、政治や駆け引きが滅法苦手な日本。このツールを、将来の月や火星への国際有人探査プロジェクトを見据えて、どのように活用していくのだろうか。日本が宇宙開発においてリーダーシップを発揮することはできるだろうか。
ヨーロッパはすでに、ATVを改良し、宇宙ステーションから物資を持ち帰ることが出来る再突入カプセルを開発する計画を発表している。また、将来の月面基地の建設を見据え、月への無人補給船の開発を提唱している。アメリカのように贅沢にお金を使えないけれども、アメリカに足りないものを補完する技術に狙いを定め、それをアメリカに提供する見返りに、アメリカの宇宙インフラを使わせてもらうという意図だろう。とても賢い戦略だと思う。
あくまで僕の邪推だが、日本はHTVを元にして、有人宇宙船を作ろうという下心があるように思える。過去にスペースシャトルが事故で長期間ストップしたことを考えれば、アメリカのシステムの保険となる有人輸送システムを自前で持つことは、悪くないアイデアだと思う。日本国民にとっての誇りにもなるし、宇宙観光ビジネスにも転用できるかもしれない。ただし、先に挙げたアメリカの民間企業のSpaceX社も、有人宇宙船を開発する計画を既に発表している。将来の日本の宇宙開発のライバルは、ベンチャー企業になるかもしれない。
いづれにせよ、日本はアメリカほど宇宙に贅沢にお金を使えない。ヨーロッパのように、的を絞った戦略的な投資をしてほしい。民間企業の参加を促すことも重要だ。加えて、アメリカだけでなく、ヨーロッパやロシア、インドや中国とも、宇宙開発における協力関係を拡げていくべきであろう。そもそも国営の宇宙開発は、国の誇り、国の技術力の宣伝塔としての役割が大きい。国際的に存在感を示さなければ、その意義は大きく損なわれるのだ。
日本の宇宙開発は、技術力だけで言えば、既に世界に肩を並べる段階に達した。その後に問われるのは、その技術をいかに世界の舞台で役立てていくかという、戦略とリーダーシップである。
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